ある日突然、幹部社員の退職と前後して、複数の従業員から一斉に退職の申し出があった。調べてみると、背後でその幹部社員が転職の勧誘を行っていた。このような一斉退職・大量引き抜きは、会社の事業継続そのものを揺るがしかねない、深刻な事態です。
では、従業員の一斉退職・大量引き抜きが起きた時、会社は何から手を付ければよいのでしょうか?
本コラムでは、一斉退職・大量引き抜きが起きた時に会社が直ちに行うべき初動対応について、企業側で労働問題に注力する弁護士が解説します。
このページの目次
1.一斉退職・大量引き抜きとは
実務上、複数の従業員が同時期に退職する背後には、元役員や幹部社員など、社内で影響力を持っていた人物による引き抜きが存在するケースが多いです。
このような大量引き抜きには、①勧誘が計画的かつ秘密裏に進められるため、会社が気付いた時には退職の意思が固まっていることが多く、②部署やチームの構成員がまとめて流出するため、業務運営への支障や損害が大きくなりやすい、という特徴があります。
他方、法的にみれば、引き抜かれた従業員の人数が多いことや、会社に及ぼした影響・損害が大きいことは、引き抜き行為の違法性を基礎付ける方向に働く重要な事情です。だからこそ、初動の段階で、後の法的措置を見据えた対応を取れるかどうかが重要になります。
2.会社が直ちにすべき初動対応
(1)事実関係の把握と証拠の収集・保全
まず、どの従業員が、誰からの勧誘を受けて退職しようとしているのかという、引き抜きの事実を裏付ける証拠の確保が出発点になります。その上で、勧誘がいつから、どのような方法で行われたのかという経緯・態様面の証拠として、メール、チャットルームのメッセージ、LINE等のやり取り、関係者の証言を収集していきます。
一斉退職の場面では、勧誘を受けたものの断って自社に残る従業員がいることも多く、その従業員が勧誘の証拠を持っているケースも少なくありません。残る従業員からの聞き取りは、初動段階の特に重要な情報源になります。
なお、退職者が使用していた会社貸与のパソコンやメールアカウントのデータは、時間の経過とともに失われるおそれがあるため、早期に保全しておくことが重要です。
(2)退職希望者への対応
退職の申し出があった従業員に対しては、退職理由や転職先について、可能な範囲で確認を行います。慰留も検討することになりますが、従業員には退職の自由があるため、退職自体を法的に止めることは基本的に困難です。
そのため、実務上は、退職日の調整により業務の引き継ぎを確保することや、退職時に、秘密保持や従業員の引き抜きを行わない旨の誓約書の提出を求めることが、現実的な対応となります。
(3)主導者への警告
引き抜きの主導者が判明し、証拠がある程度確保できた段階では、主導者に対して、勧誘行為を中止するよう警告することが考えられます。警告は、内容証明郵便などの記録が残る方法で行うことが一般的です。
但し、警告の時期や方法を誤ると、証拠の隠滅や、退職の動きの加速を招くおそれもあります。どの段階で、誰に、どのような警告を行うかは、弁護士に相談しながら検討されることを推奨します。
(4)取引先・社内への対応
大量退職は、取引先の不安や、残った従業員の動揺を招きやすいものです。担当者の交代について取引先へ丁寧に説明することや、残った従業員の業務負担・処遇に配慮することも、被害の拡大を防ぐ上で重要な対応になります。
3.損害賠償請求などの法的措置
損害賠償請求が認められるのは、裁判例上、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超えて、「社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為である」と評価される場合です。
その評価にあたっては、①誰が主導したか(自社在職時の立場)、②何名の、どのような役職の従業員が引き抜かれたか、③会社の業務にどの程度の支障・損害が生じたか、④どのような方法・態様で勧誘が行われたか、の4点が総合的に考慮されます。一斉退職・大量引き抜きの事案は、②や③との関係で、違法との判断に傾きやすいといえます。
なお、請求は、引き抜きを行った元役員・元従業員本人に対して行うのが基本です。転職先の会社等に対する請求は、その関与の内容や程度を踏まえて、事案ごとに検討することになります。
■参考コラム
4.再発防止のための予防策
大量引き抜きを経験した会社では、時間を置いて、同じような形の引き抜きが起こることも珍しくありません。
そのため、①入社時と退職時の誓約書の取得、②就業規則への引き抜き禁止規定の追加、③違反者に対する退職金の不支給・減額規定の整備といった予防策を、この機会に講じておくことが重要です。
なお、これらの規定は、禁止する期間や範囲に適切な限定を付けておかないと、無効と判断されるリスクがあります。整備に際しては、弁護士に相談されることを推奨します。
■参考コラム
5.最後に
今回は、従業員の一斉退職・大量引き抜きが起きた時に会社が直ちに行うべき初動対応について、解説しました。
一斉退職・大量引き抜きは、初動対応の巧拙によって、その後の被害の大きさや、法的措置の成否が変わってきます。お早めに弁護士へ相談されることを推奨します。
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