自社の元役員や元従業員が、自社の従業員を引き抜いていくトラブルは、多くの経営者を悩ませています。
従業員の引き抜きが違法とされるか否かの境界線はどこにあるのでしょうか。その具体的な判断基準を知る上で、近時の裁判例は重要な指標になります。
そこで、今回は、従業員の引き抜きを違法と評価した近時の裁判例について、企業側で労働問題に注力する弁護士が解説します。
このページの目次
1.従業員の引き抜きが違法か否かの基準
まず、従業員の引き抜きが違法と評価されるか否かの、判断基準を簡単に説明します。
裁判例の傾向として、抜き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超えて、「社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為である」場合には、違法として、損害賠償請求を認めています。
適法か違法かを分ける最大の基準は、その引き抜きが、「社会通念上、許される範囲(社会的相当性)を超えて悪質といえるか否か」です。
この点については、下記のコラムで詳細に解説していますので、気になる方は是非参考にされてください。
■参考コラム
2.従業員の引き抜きを違法とした近時の裁判例
東京地裁令和4年2月16日判決は、大手コンサルティングファームの元幹部が、自らのチームの従業員4名を引き抜いたこと等を理由に、約1億2000万円の請求を受けた事件についてのものです。
東京地裁は、当該元幹部の引き抜きが違法であると判断して、約5000万円の請求を認めています。
(1)違法と判断した理由
裁判所は、当該元幹部社員の引き抜きが、「単なる勧誘行為にとどまるものではなく、社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為であると評価するのが相当であり、不法行為に当たるものというべきである」と認定しています。
裁判所は、引き抜き行為を違法と判断する際に、下記の事実を重視しました。
■裁判所が重視した事実
①引抜行為者が、会社の業務執行社員であった者で、会社において重要な地位にあったこと
②引抜行為者が退職後のみならず、在任中から働きかけを行っていたこと
③自身が責任者を務めるチームの構成員を含む、7名に対して、転職するよう長期間にわたって勧誘し、移籍後の勤務条件について、転職先との間で代わりに交渉して、希望する条件(給与額や配属先など)で移籍できることを約束したこと
④業務上の打合せがあるかのように装って連絡したり、メッセージをこまめに削除するよう促すメッセージを送信させるなど、引抜行為が会社に事前に知られることのないように、秘密裏に動こうとしたこと
⑤会社において、自身のチームが担当していた業務を、実質的に機能しなくなることを企図して転職を働きかけて、会社に打撃を与えたこと
⑥会社を退職する直前から記者に接触を図り、会社の内部情報等を伝えるなどして、会社に対する批判的な記事の掲載に協力したこと
(2)裁判所が請求を認めた金額
この事例で、裁判所は、合計5086万2450円の請求を認めています。
ア 引抜により発生した損害
この事例では、会社の執行役員規程とパートナー規程において、「退任後1年以内に会社又はグループの他法人から他の従業員等を引き抜いた場合には、当該従業員等の前の1年間の報酬額(賞与金額を含む)相当の金額を、会社又は当該法人に支払わなければならない」との定めがありました。
そのため、かかる規程により、実際に引き抜いた従業員4名分の前年の報酬額である合計4255万4450円の請求が認められています。
・弁護士の補足説明
上記の規程がなければ、引き抜いた従業員の前年報酬額の請求は認められません。
一般的に、従業員の引き抜きの際に認められる損害額は、引き抜かれた従業員が会社で上げていた粗利益をもとに計算します。
イ 退職金の返還請求
退職金を支給する会社の中には、就業規則などで、一定の場合に、退職金を不支給や減額としたり、一度支払った退職金の返還を求める旨を定めている会社があります(当事務所もそのような定めを置くことを推奨しています)。
そして、この事例でも、会社の社員報酬規程において、「退職金の支給後に、退職する社員が会社に損害又は不利益をもたらしたと経営会議が認めた場合、会社は支給した退職金の返還を求めることができる」旨が定められていました。
そのため、かかる規程により、退職金のうち、当該元幹部社員の業務執行社員としての業務への対価部分である、830万8000円の返還請求を認めています。
3.最後に
今回は、従業員の引き抜きを違法と評価した近時の裁判例について、解説しました。
従業員が引き抜かれた場合には初動対応が重要ですし、今後の予防策を講じる必要もあります。
当事務所は、1983年の創業以来、企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。
今回のような、従業員の引抜き案件についても、多数の対応実績がありますので、お困りの企業様は、お気軽に当事務所までご相談ください。

1983年の創業以来、京都市を拠点に企業法務に注力してきました。現在では、東証プライム上場企業から中小企業、ベンチャー企業まで、50社以上の顧問弁護士として継続的なリーガルサービスを提供しています。
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