企業経営をしていると、自社の幹部や従業員が退職した後に、自社の従業員を引き抜いてくることもあります。
企業としては、会社に重大な損害が発生したとして、損害賠償請求を行うことも視野に入ると思いますが、これは認められるのでしょうか。
今回は、従業員を引き抜かれたことを理由に損害賠償請求ができるのかについて、解説します。
このページの目次
1.損害賠償請求の法的根拠
まず、従業員の引き抜きを理由に損害賠償請求をする場合の法的根拠としては、次の2種類が考えられます。
①誓約書違反(債務不履行)に基づく請求
引き抜きを行った元幹部(元従業員)が自社の在職中に、従業員の引き抜きを行わない旨の誓約書などを提出しているケースです。
この場合には、誓約書違反(債務不履行)を理由とする損害賠償請求が法的根拠となります。
②不法行為に基づく請求
他方、引き抜きを行った元幹部(元従業員)が上記のような誓約書を提出していないケースもあります。
この場合には、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求が法的根拠となります。
【実務上の取扱い】
1つ目の誓約書などがあるケースでも、不法行為に基づく損害賠償請求を法的根拠とすることはできます。
そのため、実務上は、誓約書違反(債務不履行)のみならず、不法行為も法的根拠として併記することが多いです。
2.誓約書違反(債務不履行)を理由とする損害賠償請求
引き抜きを行った元幹部(元従業員)が、従業員の引き抜きを行わない旨の誓約書などを提出している場合には、元幹部による当該引き抜き行為が、①誓約書の規定に違反しているのか、②そもそもその誓約書の規定は有効なのかが、問題となります。
問題点①:誓約書の規定に違反しているのか
ここでは端的に、その者が引き抜きを行ったのか否かが問題になります。
この種の案件の場合、引き抜きを行った側は、「自身は転職の相談に乗っただけで、転職の勧誘をしたわけでもないし、従業員が自発的に自身の後を追って、転職先に来たにすぎない」と主張をすることが多いです。
そのため、当該従業員の転職に際して、相手方の関与の有無や程度が問題となり、その者が積極的に働きかけて転職をさせたのかが争点となってきます。
会社としては、相手方が積極的に働きかけたことを裏付けるために、メール、チャットルームのメッセージ、LINE等のSNSのやり取り、関係者の証言などを集めていくことになります。
従業員の引き抜きが行われている場合には、相手方からの勧誘を断った従業員が自社にいることも多く、その者が勧誘の証拠を持っていることも多いです。
問題点②:従業員の引き抜きを禁止する旨の誓約書の規定は有効か
これは、法的にみれば、その誓約書の規定が公序良俗に反し、無効であるか否かという問題です。
実務上、従業員の引き抜きを禁止する旨の誓約書の規定は、同業他社への転職自体を禁止する競業避止義務と比べれば、有効と認められやすい傾向にあります。
しかし、無制限な条項の場合、無効とされるリスクもあります。
そのため、次のように、一定の限定が加えられていた方が、規定が有効とされやすいです。
〇禁止期間:「退職後1年半」前後
〇禁止範囲:「会社と同一又は類似する事業者への勧誘」など
3.不法行為を理由とする損害賠償請求
次に、相手方が在職中に誓約書などを提出していない場合には、不法行為を理由とする損害賠償請求を検討することになります。
不法行為を理由とする請求の場合には、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超えて、「社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為である」といえるか否かが、問題となります。
裁判所は、主に、以下の4つの要素を総合的に考慮して違法性を判断します。
要素①:引き抜きを主導した者の自社在職時の立場
引き抜きを行った人物が、幹部社員や役員であった場合など、自社での立場が高かった場合には、違法であるとの方向に傾く事情になります。
要素②:引き抜かれた従業員の役職や人数
引き抜かれた従業員が会社で重要な立場にいた場合や、人数が多い場合には、違法との判断がされやすくなります。
要素③:自社に及ぼした影響・損害の程度
引き抜きによって、自社の業務運営に重要な支障が生じたり、多額の損害が発生した場合には、違法との判断がされやすくなります。
要素④:引き抜き時の勧誘の方法・態様
引き抜かれた者が引き継ぎを一切行わず一斉に退職した場合や、引き抜きに際して会社に不利益となる虚偽の情報を吹き込んだり、裏で金銭供与をするなど、勧誘の方法が悪質である場合には、違法との判断がされやすくなります。
最終的に
上記の①から④の要素を考慮して、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超えて、「社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為である」といえる場合には、損害賠償請求が認められることになります。
ただし、不法行為を理由とする請求の場合には、先ほどの誓約書違反を理由とする請求よりも、ハードルが高いのが実情です。
そのため、自社において、適切に誓約書などで、従業員の引き抜きを禁止する旨の規定を設けておくことが重要です。
4.従業員の引き抜きで認められる損害額の相場
従業員の引き抜きに関する損害額については、裁判所の傾向として、以下の計算を行うことが多いです。
〇【引き抜かれた従業員が上げていた粗利益】から、【その従業員の給与等の人件費】を差し引いた金額
なお、粗利益を認める期間としては、概ね1ヶ月から3か月程度を設定している裁判例が多いです。
このように、従業員が引き抜かれた場合の、損害額としては、あまり高額にならないことも多く、実際上会社に生じた損害を補填できないケースが少なくありません。
誓約書で「違約金」を定めている場合
もっとも、上記は誓約書などで、「従業員の引き抜きがあった場合の違約金」を定めていないケースの話です。
相手方が、自社在職中に誓約書を提出しており、その中に、違約金が定められている場合には、損害額としては、その定められた金額が基準となります。
ただし、違約金の金額が不相当に高額な場合には、裁判所からその規定を無効とされてしまいます。
近年の裁判例を見ると、「引き抜かれた従業員の前の1年間の給与額(賞与金額を含む)相当の金額」を違約金として設定して、有効とされているものがあります。
ただし、この事案は、大手コンサルティングファームの事案で、商材としては「人材」のみで、かつ、採用してから一人前に育てるまでに期間がかかるケースでした。
したがって、事案によっては、違約金として「引き抜かれた従業員の過去1年間の給与額(賞与金額を含む)」と定めていても無効とされることもあり、個別的に判断されることになります。
企業としては、この点も踏まえて、自社の従業員が引き抜かれないよう、適切に予防策を立てることが重要といえます。
5.最後に
今回は、従業員を引き抜かれたことを理由に損害賠償請求ができるのかについて、解説しました。
当事務所は、1983年の創業以来、企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。
今回のような、従業員の引き抜き案件についても、多数の対応実績がありますので、お困りの企業様は、お気軽に当事務所までご相談ください。

1983年の創業以来、京都市を拠点に企業法務に注力してきました。現在では、東証プライム上場企業から中小企業、ベンチャー企業まで、50社以上の顧問弁護士として継続的なリーガルサービスを提供しています。
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