創業から数年、ようやく事業が軌道に乗り始めた矢先に、幹部社員が独立し、育ててきた従業員まで引き抜かれてしまった。このような引き抜きのトラブルは、創業間もない成長企業ほど、起きやすい傾向にあります。
会社の成長を支えてきた人材であるだけに、経営者が受ける衝撃は大きく、「裏切られた」と感じるのも当然のことです。
では、なぜ創業間もない会社ほど、従業員を引き抜かれやすいのでしょうか?
本コラムでは、創業期・成長期の会社が引き抜きの被害を受けやすい理由と、整えておくべき対策について、企業側で労働問題に注力する弁護士が解説します。
このページの目次
1.創業期の会社が狙われやすい理由
第一に、創業間もない会社では、誓約書や就業規則といった、引き抜きに備えた社内体制の整備が後回しになりがちです。採用や売上の確保に追われる時期であるため無理もないのですが、その結果、いざ引き抜きが起きた際に、会社を守る手立てが乏しい状態になっています。
第二に、少数精鋭の組織であるため、一人の従業員が担う業務の範囲が広く、数名の離脱でも事業運営への影響が大きくなります。引き抜く側からみれば、少人数を引き抜くだけで、その会社のノウハウや体制の相当部分を手に入れられることになります。
第三に、創業期の会社では、幹部社員が、部下それぞれの担当業務や待遇、社内の人間関係を詳しく把握していることが多く、独立や移籍をする際に、こうした関係性や情報を利用した勧誘の働きかけが行われやすい面があります。
第四に、成長途上の会社は、大手企業と比べて待遇面で見劣りすることも多く、待遇の改善を売り文句とする勧誘を受けやすい面もあります。
2.引き抜きが違法となる基準
もっとも、従業員には、憲法上、退職・転職の自由が認められているため、元従業員などによる勧誘行為が、直ちに違法となるわけではありません。
裁判例では、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超えて、「社会的相当性を逸脱した背信的な引き抜き行為である」場合には、違法であり、損害賠償請求が認められるとしています。
違法か否かは、①引き抜きを主導した者の自社在職時の立場、②引き抜かれた従業員の役職や人数、③自社に及ぼした影響・損害の程度、④勧誘の方法・態様、という4つの要素を総合的に考慮して判断されます。
このうち③の要素については、会社の規模との関係で相対的に判断されるため、小規模な会社から数名を引き抜いた場合でも、事業運営に極めて重大な支障が生じていれば、違法との判断に傾き得ると考えられます。
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3.成長段階で整えておくべき対策
(1)入社時の誓約書から始める
対策の第一歩は、入社時に、従業員の引き抜きや顧客の奪取を行わない旨の誓約書の提出を求めることです。
実務上、退職後に揉めそうな相手ほど、退職時の誓約書の提出を拒否してくる傾向があるため、入社時にどれだけ精度の高い誓約書を取得できているかが重要になります。
この点、創業間もない会社には、これから入社する従業員の方が多いという利点があります。今の時点で入社時誓約書の運用を整えれば、組織の拡大とともに、誓約書を提出した従業員の割合が自然と高まっていきます。体制整備が早ければ早いほど、効果が大きいのです。
(2)就業規則の整備
常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成・届出が義務付けられます(労働基準法89条)。この整備のタイミングで、引き抜き行為の禁止規定に加えて、顧客の奪取や秘密情報の持ち出しを禁止する規定も、併せて設けておくことを推奨します。
なお、退職金制度を設けている場合には、上記の規定に違反した場合の退職金の不支給・減額・返還規定も、併せて整備しておくと、より実効的です。
(3)業務・顧客関係の属人化を防ぐ
特定の幹部にしか分からない業務や、特定の担当者としかつながりのない顧客関係は、その人物が引き抜かれた際の被害を大きくします。業務の標準化や顧客情報の共有を進めておくことは、法的な対策と並ぶ、重要な経営上の備えになります。
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4.引き抜きが起きてしまったら
実際に引き抜きが起きた場合には、初動対応が重要です。
まず、どの従業員が、誰からの勧誘を受けて転職したのかという、引き抜きの事実を裏付ける証拠を確保することが重要です。その上で、勧誘の経緯や態様を裏付ける証拠として、メール、LINE等のSNSのやり取り、関係者の証言などを収集していくことになります。
その後の警告や損害賠償請求の進め方については、事案ごとの検討が必要になるため、早い段階で弁護士に相談されることを推奨します。
また、一度、引き抜きトラブルが生じた企業では、再び同様の問題が起きやすい傾向にあります。違反者に対して毅然とした対応を取らずにいると、「引き抜きをしても問題にならない会社」とみられ、更なる引き抜きを招きかねません。
だからこそ、警告や損害賠償請求といった事後の対応を適切に行うとともに、誓約書や就業規則などの予防策も、この機会に整えておくことが重要です。
5.最後に
今回は、創業間もない会社が従業員の引き抜きに遭いやすい理由と、成長段階で整えておくべき対策について、解説しました。
引き抜きへの備えは、会社の規模が比較的小さいうちから始めるほど、効果が大きいものです。事業の成長に法務の整備が追い付いていないと感じる経営者様は、顧問弁護士による継続的な体制づくりもご検討ください。
当事務所は、1983年の創業以来、企業の顧問弁護士として、多くの労働紛争を解決して参りました。
従業員の引き抜き案件についても、多数の対応実績がありますので、お困りの企業様は、お気軽に当事務所までご相談ください。

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