元従業員から未払残業代を請求されたら?弁護士が解説

退職した従業員から、ある日突然、内容証明郵便で未払残業代の請求書が届くことがあります。近年は、従業員側の弁護士名で、数百万円単位の請求がされるケースも珍しくありません。

在職中には残業代について特に申し出がなかった従業員から、退職後に請求を受けるケースも多くあります。会社は、請求された金額をそのまま支払わなければならないのでしょうか。また、どのように対応すべきなのでしょうか。

結論からいうと、請求額どおりに支払う義務があるとは限りませんが、放置することは最も避けるべき対応です。本コラムでは、元従業員から未払残業代を請求された会社が取るべき対応と、会社側の主な反論について、解説します。

1.残業代請求の仕組み

(1)法定の割増賃金

労働基準法37条は、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働について、通常の賃金の1.25倍以上(月60時間を超える部分は1.5倍以上)、法定休日の労働について1.35倍以上、深夜労働(午後10時から午前5時)について0.25倍以上の割増賃金(時間外労働や休日労働と重なる場合は、それらの割増率に加算されます)を支払うことを義務付けています。

そのため、従業員が法定労働時間を超えて働いていた場合には、会社が「残業は認めていない」と考えていたとしても、法律上は割増賃金の支払義務が発生している可能性があります。

(2)請求できる期間と付随する負担

賃金の請求権の消滅時効は、労働基準法115条により5年とされていますが、附則により当分の間は3年とされています。そのため、現時点では、退職した従業員は、請求時点からさかのぼって最大3年分の残業代を請求できることになります。

なお、残業代の請求には、本来の残業代のほかに、①退職後の期間について年14.6%の遅延損害金が付くこと、②裁判所が未払額と同額の付加金の支払を命じることができること(労働基準法114条)、という二つの負担が伴い得る点に注意が必要です。とりわけ付加金が認められると、実質的に請求額が倍になり得るため、訴訟に至る前から的確に対応することが重要になります。

2.まずすべき初動対応

請求書が届いた場合、会社としては、次の順序で初動対応を行うことをお勧めします。

第一に、請求書の内容を確認します。請求の対象期間、請求額の計算根拠、回答期限、そして相手方に弁護士が付いているのかを確認します。なお、請求書に記載された回答期限は相手方が一方的に設定したものであり、期限内に回答しなければならない法的な義務はありません。もっとも、回答を不必要に引き延ばすと、相手方が労働審判や訴訟に進む契機となるため、対応の見通しが立ち次第、速やかに回答することが望ましいと考えられます。期限内に回答することが難しい場合には、検討中であり後日回答する旨を期限までに一報しておくと、無視していると受け取られることを避けられます。

第二に、証拠を保全します。タイムカード、入退室記録、パソコンのログイン記録、業務日報、メールやチャットの送信時刻など、労働時間に関する記録を確保し、決して廃棄や改変をしてはいけません。記録がない場合には、従業員側の手帳や家族への連絡記録などから労働時間が推認される傾向にあり、会社に不利な認定がされる可能性もあります。

第三に、元従業員本人と直接交渉することは避けるべきです。感情的なやり取りは録音されている可能性があり、その場での発言(「残業は黙認していた」等)が、後に会社に不利な証拠として使われることが少なくありません。

第四に、早期に弁護士へ相談することです。証拠を確認して反論の見通しを立てるには一定の時間がかかるため、相談が遅れるほど、十分な検討をしないまま回答期限を迎えたり、回答を引き延ばさざるを得なくなったりするおそれがあるためです。

3.会社側の主な反論

未払残業代の請求に対して、会社側が検討すべき主な反論としては、次の①から⑤が挙げられます。

①労働時間性の争い

会社が指示していない自主的な居残りや、業務と無関係な在社時間は、労働時間に当たらないという反論です。もっとも、会社が残業を黙認していた場合には、黙示の指示があったとして労働時間と認定される傾向にあるため、単に「指示していない」というだけでは反論として弱いと考えられます。

この反論が有効に働くのは、①就業規則等で残業の事前申請・許可制が定められ、実際にそのとおり運用されていたこと、②許可のない残業に対して会社が注意や退社の指示をしていたこと(メールや指導記録)、③在社時間の一部に私的な行為(食事、私用のインターネット閲覧等)が含まれていたことを示す記録があること(その部分の労働時間性を否定する事情になります)、④担当業務の量が所定労働時間内で処理できるものであったこと、などを具体的な証拠で示せる場合です。逆に、申請制を定めていながら無許可の残業を放置していた場合には、黙認と評価されやすくなります。

②固定残業代の有効性

給与に固定残業代(みなし残業代)を含めて支払っていた場合には、その分は既に支払済みであるという反論です。但し、固定残業代は、通常の賃金部分と割増賃金部分が明確に区別されていること等の要件を満たしていないと無効とされるリスクがあるので、注意が必要です。

③管理監督者に当たること

労働基準法41条2号の管理監督者には、労働時間の規制が適用されないため、残業代の支払義務がないという反論です。

もっとも、裁判所は、職務内容や権限、勤務時間の裁量、賃金等の待遇を厳格に審査する傾向にあり、店長や課長といった肩書きだけで管理監督者と認められることはなく、実務上ハードルが高い傾向にはあります。

④消滅時効の主張

請求時点から3年より前の部分については、消滅時効を援用することで支払を免れることができます。

⑤計算方法の誤りの指摘

割増賃金は、通常の労働時間の賃金を時間単価に換算したうえで計算しますが、家族手当、通勤手当、住宅手当など、この時間単価の計算に算入しないことが認められている手当もあります(但し、名称だけでなく、家族の人数や通勤距離などに応じて支給されているといった実質が求められます)。
相手方の計算でこれらの手当が誤って単価に算入されていないか、休憩時間が労働時間に含まれていないかなど、計算自体に誤りがないかを確認します。

4.解決の方法と見通し

(1)交渉による解決

証拠や反論の見通しを踏まえて、相手方と交渉し、合意した金額を支払って解決する方法です。訴訟に比べて早期に解決でき、今後の遅延損害金のリスクを避けられる点で、会社にとって合理的な選択肢となることが多いと考えられます。

(2)労働審判・訴訟

交渉がまとまらない場合、従業員側から労働審判や訴訟を申し立てられることがあります。労働審判は原則3回以内の期日で終わる迅速な手続ですが、その分、会社側は短期間で答弁書と証拠を準備しなければなりません。

他方、対応を放置した場合には、遅延損害金や付加金が膨らむだけでなく、裁判所から労働時間の記録を出さない会社という心証を持たれかねません。そのため、請求に納得がいかない場合であっても、早い段階で対応方針を決めることが重要です。

5.同様の請求を防ぐために

一人の元従業員からの請求は、他の従業員や退職者への波及の入口になることがあります。同じ賃金体系や労働時間管理の下で働いている従業員が多いほど、一件の請求が会社全体の問題に発展するリスクは高くなります。

そのため、請求への対応と並行して、①労働時間を客観的に記録する仕組みの整備、②固定残業代や手当の設計の見直し、③就業規則や賃金規程の点検を行っておくことが重要になります。これらの点検は、労働法の実務に通じた顧問弁護士にチェックしてもらうことで、請求を受ける前に問題点を把握し、手を打っておくことができます。

6.最後に

今回は、元従業員から未払残業代を請求された会社の対応について、解説しました。

当事務所は、1983年の創業以来、京都・滋賀・大阪の企業様を中心に、企業側の立場で数多くの労働紛争に対応してきました。

未払残業代の請求についても、多くの解決実績があります。

元従業員からの残業代請求にお困りの企業様は、お気軽に当事務所までご相談ください。

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