退職者による前職顧客の引き抜きに、7200万円もの損害賠償責任を認めた裁判例について、弁護士が解説

退職した元従業員が前職の顧客を引き抜くことは、法的に許されるのでしょうか。

前回のコラムでは、この点に関する一般論を解説しました。

■前回のコラム

退職した元従業員による顧客の引き抜きは違法?企業側の弁護士が解説

今回は、退職者が前職の顧客を引き抜いたことに対して、7200万円もの損害賠償請求が認められた裁判例について、解説します。

1.元従業員による顧客の引き抜きが違法か

まず、元従業員による顧客の引き抜きが違法か否かの一般論について、簡単に説明します。

元従業員による顧客の引き抜きは、原則として、合法とされる傾向にあります

これは、在職中と異なり、退職後の元従業員には、競合行為等により、自己又は第三者の利益を図るために、使用者に損失を与えてはいけないという誠実義務が認められないためです。

もっとも、下記の裁判例のように、前職の顧客の引き抜きが違法と評価されて、多額の損害賠償責任が認められる事例もあります。

2.7200万円もの損害賠償請求が認められた裁判例

厚生会共立クリニック事件(大阪地裁平成10年3月25日判決)では、前職である共立クリニックの近くに、新たにクリニックを設立して、前職の患者を引き抜いた行為の違法性が問題となりました。

裁判所は、前職の患者の引き抜きに関して、以下のように判断して、損害賠償責任を認めました。

(1)原則論

前職のクリニックの就業規則には、顧客の引き抜き行為を直接禁じた規定は見当たらない。

そして、引き抜き行為者にも、経済活動の自由があるから、診療施設を開設することは原則として自由であり、その施設で受診する患者を集めること自体も、社会的に相当と認められる限度においては、不当とされることはない

(2)違法と評価されるか否かの判断基準

しかし、だからといって、引き抜き行為者がどのような行動をとっても許されるというわけではなく、あくまでも社会的に見て相当といえる程度にとどまることが要求されるというべきである。

そのような場合に、引き抜き行為者に要求される注意義務の内容については、これを一般的に明示することは困難な面があるが、少なくとも、前職のクリニックの経営を左右するほどの重大な損害を発生させるおそれのあるような行為は禁止されると解するのが相当であり、引き抜き行為者は、前職のクリニックとの雇用契約上の信義則に基づき、このような行為を行ってはならないという義務を負担しているというべきである。

(3)裁判所が違法と評価する際に重視した事実

前職クリニックの主たる業務は血液人工透析であるところ、血液人工透析を受ける者のほとんどが慢性腎不全の患者であるという事柄の性質上、ある診療施設に通院可能な地域の患者数はおのずから限られている

引き抜き行為者は、前職クリニックと極めて近い場所に、新たなクリニックを開設し、新規開設されたクリニックも主たる業務が、前職クリニックと同じ血液人工透析である。

引き抜き行為者は、前職クリニックで血液人工透析を受けている患者全員に対して、新クリニックへの転院を勧誘した

その結果、前職クリニックで血液人工透析を受けていた87名の患者のうち45名が、新クリニックが診察を開始した月に転院してしまい、その後も転院者が出ている

引き抜き行為者は、前職クリニック以外の医療機関に、透析患者の紹介を積極的に求めるなどした形跡がないにもかかわらず、多額の金員を借入れ、前職クリニックに匹敵する規模のクリニックを新たに開設した

引き抜き行為者は、前職クリニックの院長であり、そのクリニックを経営する医療法人の理事にも就任していた

この裁判例では、上記の事情を加味すれば、前職クリニックの患者に対する転院勧誘行為は、相当性を逸脱したものと言わざるを得ないとして、引き抜き行為者の損害賠償責任を認めています。

(4)損害額について

裁判所は、前職クリニック(を経営する医療法人)に生じた損害が、1ヶ月あたり300万円と認定しました。

その上で、前職クリニックが求める損害の期間が2年間であることから、300万円×2年間(24ヶ月)の、7200万円の損害額を認定しています。

(5)裁判例のポイント

一般的に、前職の顧客を引き抜いても合法とされる傾向にあります。

また、仮に、裁判所が顧客の引き抜きを違法と判断しても、損害額としては、前職に生じた損害のうち、3ヶ月程度の損害を認定する傾向にあります。

それにもかかわらず、この裁判例では、前職の顧客(患者)の引き抜きを違法と認定した上で、損害が生じた期間として、2年間にも及ぶ期間を認定しています。

これは、

顧客が人工透析患者であり、そのクリニックに通う患者がおのずと限定されていて、顧客を取られた場合に、自社の努力で、その損害を回復することが難しいという性質がある上、

引き抜き行為者が、前職クリニックと極めて近い場所に新規クリニックを開設した上、前職クリニックで人工透析を受けている患者全員に転院勧誘を行うという、明らかにやり過ぎ行為が存在している上、

実際上、半数以上の患者が転院して、前職クリニックに大きな損害が生じていることを重視したものと考えられます。

なお、この裁判例では、請求者が請求しているのが2年間なのでとの前置きをした上で、2年分の損害を認定しています。判決でのこの書きぶりを見る限り、仮に、請求者がそれよりも長い期間の損害を請求していた場合には、2年を超える期間の損害を認める可能性があった事案と思われます。

3.最後に

今回は、退職者が前職の顧客を引き抜いて、7200万円もの損害賠償請求が認められた裁判例について、解説しました。

顧客の引き抜きの問題については、自社のみで適切に対応することが難しく、弁護士に依頼をして適切に対応を行っていくことが重要です。

京都の益川総合法律事務所は、1983年の創業以来、東証プライム企業から中小企業、個人事業主の方の顧問弁護士として、これまで数多くの労働問題を解決してきました。

本件のような、顧客の引き抜きの問題についても、確かな対応実績を有しております。

顧客の引き抜きについて、お困りの企業経営者の方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。

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